2016年、世界中を震撼させた「パナマ文書」。
パナマの法律事務所、モサック・フォンセカ(Mossack Fonseca)によって作成された、租税回避行為に関する一連の機密文書が流出した事件です。
中東をはじめ、多くの富裕層が名を連ねたことで大問題になりましたが、この問題の根幹は租税回避。自国の税金負担から逃れることです。
さて、富裕層にとっては税金は敵です。そのため、税負担の少ない国に資産を移転させていることが、証拠を伴って明らかになりました。
実際、日本でも、資産家を中心に「税金が高い」「稼いでも稼いでも持っていかれるばかり」そう嘆いている方はたくさんいます。
今回は、日本の税法に触れながら、富裕層の税金対策・節税規制について解説したいと思います。
日本の富裕層はどのくらい存在するのか
富裕層というとどんなイメージでしょうか。多くの会社や不動産を保有していたり、配当金だけで生活していたり、など様々なイメージをお持ちかと思います。
野村総合研究所が2018年に発表したレポートによると、によると、日本の富裕層・超富裕層の世帯数は、過去最多になったそうです。そんなにお金持ちが増えているなんて、驚きますね。
世帯として保有する金融資産の合計額(預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など)から、負債を差し引いた「純金融資産保有額」をもとに、総世帯を5つの階層に分類し、各々の世帯数と資産保有額を推計。
結果は、純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の「富裕層」、および同5億円以上の「超富裕層」を合わせると126.7万世帯で、内訳は、富裕層が118.3万世帯、超富裕層が8.4万世帯となったそうです。
日本の富裕層に対する税金の高さは世界トップレベル
日本は所得税は「累進課税」を適用しているため、年収・所得が多いほど税率が上がり、課せられる税金の額も増えていきます。
最高税率は45%、住民税(10%)も含めると55%、半分以上が税金です。
現在、富裕層・高額所得者への課税はどんどん強化されています。
低所得者への減税策や、国際競争力を高めるための法人税減税などが多々行われた結果、富裕層・高額所得者への負担が大きくなったからです。
富裕層の方には税金の負担が厳しい状況ですね。
その結果、国の税収全体における高額所得者の割合は大きくなりました。
日経新聞の記事によると、日本の人口比率で言うと0.2%しかいない年収2500万円以上の人たちが、税収全体のうち16.8%を占める税金を払っています。
年収1000万円を超える給与所得者は、給与所得者4757.3万人のうち4.1%、25人に1人に過ぎませんが、税金の負担割合は49.1%に及ぶのです。
このような背景から、日本の富裕層は節税に一生懸命取り組むことになります。
ところが、各種節税手法にも、当局からの規制がかかっていきます。
以下では、富裕層に人気のある3つ節税手法について、現在の規制の状況をまとめます。
タワマン節税への規制
タワーマンション購入による節税とは、実際に売りにだすときの「分譲価格」と相続税上の「評価額」に乖離があることを利用した節税方法です。
かつては税金圧縮に関心の高い富裕層向けの節税方法として、一世を風靡しました。
では、実際の「分譲価格」と相続税上の「評価額」の乖離を利用する、とはどういうことなのでしょうか。
高層マンションの場合、実際に売りにだすときの「分譲価格」は、高層階になるほど高額になります。
なぜなら高層階のほうが、物件として人気があるからです。
この点については、一般的な感覚としても納得しやすいでしょう。
しかし、相続税上の「評価額」については「床面積」が評価基準であるため、階層の高低が価格に影響しません。
つまり、全く同じ間取りであれば、1階でも最上階でも同じ評価額、同じ税金となるわけです。
たとえば、タワーマンションの最上階を1億円で買ったとします。
しかし、相続税上の評価額は低層階と全く同じですから、税金も非常に低額ですみます。
仮に評価額が3000万円であれば、現金1億円で相続するより7000万円分もお得なのです。
このように、その節税効果が大きいがゆえに、富裕層に人気であった長年タワマン節税ですが、問題視する声が上がっていました。
そして、ついに平成29年(2017年)の税制改正で、タワーマンション節税にテコ入れがなされました。
高層階になればなるほど、税金(固定資産税)の負担を増やすというものです。
今回の税制改正の対象は、平成30年(2018年)以降に引き渡される新築物件です。
平成29年(2017年)までに引き渡しを受ければ、現行のままの固定資産税評価額が適用されます。
富裕層の税金対策(1) ふるさと納税の規制
富裕層の税金対策を語るうえで欠かせないのが、ふるさと納税。
ふるさと納税とは、ふるさとや応援したい自治体に寄附ができる制度のことです。
手続きをすると、税金(所得税や住民税)の還付・控除が受けられます。
多くの自治体では地域の名産品などのお礼の品も用意しており、税金云々を別にして、
それを目当てに富裕層以外にもこの制度を活用する人が増えています。
しかし、ここにきて「ふるさと納税」の規制をめぐる議論が激化しています。
2007年の第一次安倍政権時に創案されたふるさと納税は、自分で選んだ自治体に寄付をすると、払った住民税の2割程度までが税金が控除されるというもの。
これに加えて、各自治体は返礼品として食品や商品券などの品物を寄付した人に送っています。
ふるさと納税は菅義偉総務大臣(当時)の発案で創設されたものですが、スタート当初の寄付額は100億円にも満たなかったものの、注目を浴びるようになったのは東日本大震災以降で’12年度は649億円になりました。
その後さまざまな制度の変遷を経ながら、’18年度には3482億円にのぼる「一大事業」へと姿を変えました。
この制度が画期的だったのは、事実上、税金の使い途を国民が選べるようになったこと。
しかし、創設から10年経ち、総務省はその返礼品が年々高額なものになっていることに対し、
野田聖子総務大臣は、寄付金額に対する品物の返戻率が「3割」を超える自治体を税優遇の枠組みから外すと明言。
この先のふるさと納税の活用が危ぶまれる状況になっています。
特にふるさと納税については、富裕層のみならず一般サラリーマンも活用し、地方創生にも関わる事業にまで発展した側面もあることから
慎重な議論が必要と思われます。
(追記)
2019年6月からスタートしたふるさと納税の新制度では、自治体が返礼品を送付する場合
「調達額が3割以下の地場産品に限る」ことが義務になりました。
この規制により、それまで人気だった「還元率40%以上の換金性が高いギフト券」
「海外メーカー製のドライヤー」のような返礼品が姿を消しました。
富裕層の税金対策(2) タックスヘイブンの規制
富裕層の税金対策を語る上でもう一つ重要なのがタックスヘイブン。
タックス・ヘイヴンとは、一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域のことであり、租税回避地とも、低課税地域、とも呼ばれる。
税金に関心の高い富裕層の中には、自分の資産をタックスヘイブンに移してしまい、課税を回避しようとする動きがあるのです。
平成29年度税制改正において、外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の大幅な見直しが行われました。
この税制は、国内企業が低税率の海外子会社に所得を移転することにより日本における法人税負担を不当に軽減することを防ぐため、一定の要件に該当する海外子会社の所得について、国内企業(海外子会社の株主)の所得と合算して日本で課税するものです。
旧制度の概要
日本居住者・内国法人等が合計で50%超の持分を直接・間接に保有している外国法人を「外国関係会社」とします。
会社の租税負担割合※2が20%未満の外国関係会社が低税率国に所在する「特定外国子会社等」と定義され、この税制の対象になります。
ただし、自ら独立した立場で事業活動を行う実体のある会社等に対するこの税制の適用を免除するために、「適用除外基準」というスクリーニングの基準が定められています。
四つの適用除外基準のいずれかを満たさない特定外国子会社等については、その全ての所得が日本親会社等の所得に合算されて日本で課税されます。
適用除外基準を全て満たす場合には、「資産性所得」のみが合算課税の対象とされます。
新制度の概要
旧制度においては、租税負担割合が20%未満か否かによって「特定外国子会社等」に該当するか否かを判定していました。
この「20%」は「トリガー税率」とも言われ、制度の入口基準として重要な意味を持つものでした。
しかし、一見して明らかに受動的な所得しか得ていない(経済実体のない)ペーパーカンパニー等について、税金負担割合が20%以上であるという事実だけをもって制度の適用を免除するのは問題がある、という議論などにより、トリガー税率は廃止されました。
ただし、納税者の事務負担の大幅な増加を回避するために、制度適用免除基準としての「税率基準(税金負担割合)」は残されています。
「ペーパーカンパニー」や「事実上のキャッシュボックス」といった新たな企業概念が定義され、これらの会社に対する合算課税制度が創設されます。
新制度においては、租税負担割合が20%以上であったとしても、ペーパーカンパニー等に該当すると当該会社の全ての所得に対して合算課税が生じます。
ペーパーカンパニー等に該当しない外国関係会社については、最初に、「経済活動基準※8」を満たすか否かを検討する必要があります。
四つの経済活動基準のいずれかを満たさない場合に、その外国関係会社の全ての所得が日本親会社等の所得に合算されて日本で課税されるのは、旧制度と変わりません。
一方、経済活動基準を全て満たす場合には、一定の「受動的所得」のみが合算課税の対象とされます。
この受動的所得の範囲は、旧制度の資産性所得の範囲と比べて、大幅に拡大されているので注意が必要です。
なお、新制度は、外国関係会社の平成30年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます。
よくあるご質問 富裕層への課税
Q. アメリカで最近話題になっている「富裕税」というのはどういう税金なのでしょうか。単純に富裕層に課税する税金、という認識で合っていますか。
A. 富裕税(ふゆうぜい)とは、資本課税の1つで、総資産から総負債を差し引いた純資産に対して課税する税金のことです。
この税を実施している国はスイス、オランダ、ノルウェー、フランス、インド等で、ヨーロッパが中心です。
実は、日本でも過去に導入されたことがあります。戦後の日本では、所得税の最高税率が85%になるなど、富裕層・高額所得者にとっては極めて税金の負担が重たい状況でしたが、このように高い税率は勤労意欲にマイナスがあるとの批判もあり、1950年(昭和25年)に所得税の最高税率が55%に抑えられ、その補完税として同時に0.5~3%の累進税率で富裕税が導入された。ところが、富裕税は税収総額が多くなく、資産の包括的把握の税務執行上の問題が浮上したため、1953年(昭和28年)に廃止され、代わりに所得税の最高税率が65%にされました。
さて、富裕税は現実に機能するか疑問を呈する専門家も多いようです。実際、スウェーデンとデンマークでは、富裕税はあまりにも課税逃れが容易で、あまりにも管理が難しいために廃止された、と分析する専門家もいます。富裕層も、純資産を低く見せるために積極的に租税回避地を利用する可能性も否定できません。
しかし、2019年からアメリカで富裕税が注目されているのは、ウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスをはじめとした富裕層の中でも群を抜いた超富裕層からの働きかけがありました。
2019年6月、「どうぞわれわれに小幅な富裕税を課してください」と公開書簡に署名した億万長者18人の訴えは、社会に衝撃を与えました。この18人はアメリカの富裕層の中でもほんの一握りにすぎないでしょうが、世論調査では「共和党から無党派層、民主党まで米国民の過半数」が富裕税を支持しているという情報もあります。
アメリカで実際に導入されるかどうか、日本でも富裕層への税金として復活するかどうかは分かりませんが、今後注目されることの一つです。
Q. 税金対策として、海外不動産の購入を考えていたのですが、税制改正で難しくなったと聞きました。どういう内容だったのでしょうか。
A. 実は富裕層の方々に税金対策、節税商品として人気だったのが海外不動産でした。海外不動産投資では家賃収入を生みながら、減価償却費を使って見かけ上の年収を減らせるため、支払う税金も減り、毎年の手取りを増やすことができます。利回りも出るし自分の資産も増えるため、特に税率の高い富裕層に人気でした。
ちなみに、このような節税商品は、節税効果が切れた後に売却をする必要がありますが、日本だと築22年以上の木造戸建に対しては基本的に価値がないと評価されてしまいます。一方、アメリカでは中古物件への理解があり、市場も大きいため、築22年以上でも土地の価格に対して建物の価格が非常に高く売られています。
そのため富裕層を中心に人気がありましたが、ついに税務当局のメスが入り、 2021年からは海外における不動産の赤字が自分の年収と合算ができなくなるので今までのような大きな節税はできなくなりました。この影響で、これまで海外不動産に投資していた富裕層を中心に、今後の税金対策をどうしようか悩んでいる方も多いようです。お金が行き場を探している状況ですね。
※2019年11月末に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴うキャピタルフライトや税制改正の動向等については、別の記事にて考察する予定です。
【参考記事】
資産1億円以上? 資産運用をする富裕層はどうしているのか?
富裕層向け「プライベートバンク」サービスとは?
2K-online事務局
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